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東京高等裁判所 昭和44年(ネ)1127号 判決

控訴人 銚子農業協同組合(旧名称銚子市農業協同組合)

右訴訟代理人弁護士 磯部保

右訴訟復代理人弁護士 和田有史

被控訴人 石毛庄一郎

右訴訟代理人弁護士 小原美紀

同 小原美直

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は「原判決を取消す。被控訴人は控訴人に対し金六四万円とこれに対する昭和二八年一月一日から支払ずみに至るまで金一〇〇万円につき一日金三銭の割合による金員を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決と仮執行の宣言を求め、被控訴代理人は控訴棄却の判決を求めた。

一、控訴代理人は、請求原因として、左のとおり述べた。

(一)訴外船木農業協同組合(以下「船木農協」という)は、被控訴人に対して、

1.昭和二六年七月二〇日金七万円を弁済期同年一二月二〇日、利息日歩三銭の定めで、

1.昭和二七年六月三〇日金二七万円を弁済期昭和二八年三月二〇日、利息前同率の定めで、

2.昭和二七年一〇月一一日金三〇万円を弁済期同年一二月二五日、利息前同率の定めで、

それぞれ貸付けたことによる消費貸借契約に基づく債権(以下「本件貸金債権」と総称する)を有していた。

(二)控訴人は、昭和四〇年二月一日合併により船木農協の権利義務を承継したのに伴い、本件貸金債権を取得した。

(三)控訴人は、被控訴人から本件貸金債権の各元本に対する昭和二七年一二月末日までの利息又は遅延損害金の支払を受けたので、被控訴人に対し右元金合計金六四万円とこれに対する昭和二八年一月一日から支払ずみまで金一〇〇円につき一日金三銭の割合による利息又は遅延損害金(右2の元本については昭和二八年三月二〇日までの利息とその翌日以降における遅延損害金、右1及び3の各元本についてはいずれも遅延損害金)の支払を請求する。

二、被控訴代理人は、答弁及び抗弁として、左のとおり述べた。

(一)請求原因事実中、控訴人が控訴人主張の日時に合併により船木農協の権利義務を承継したことは認めるが、その余は否認する。

(二)本件貸金債権については、その各弁済期又は昭和二七年一二月末日(控訴人が請求原因の(三)において、被控訴人から本件貸金債権の各元本に対する当日までの利息又は遅延損害金の支払があったことを自認する日時)のいずれから起算しても一〇年以上を経過した本件訴訟提起の日である昭和四一年一二月二七日当時には既に消滅時効が完成しているので、本訴においてこれを援用する。

三、控訴代理人は、被控訴代理人主張の消滅時効の抗弁に対し、左のとおり述べた。

本件貸金債権は、時効によって消滅したものではない。その理由は以下のとおりである。

(一)船木農協は被控訴人その他を債務者として申請にかかる千葉地方裁判所八日市場支部昭和二九年(ヨ)第四二号不動産仮差押事件において同年七月七日附で仮差押決定をえた。その被保全権利は、後に船木農協が被控訴人をも相被告として提起した同支部昭和三〇年(ワ)第二号貸金請求訴訟において本件貸金債権を含む数口の債権の更改されたものとして主張した元本金一二七万円の債権であった。ところで、右訴訟において、船木農協の被控訴人に対する請求は、更改の成立が認められなかったため棄却されたのであるが、いわゆる旧債権の存在は否定された訳ではなかったのであるから、当該債権は従前どおり存続しているものというべきである。

このように更改に基づく新債権を保全するための仮差押申請が認容された後に、本案訴訟において更改の成立が立証されなかったことに伴い、旧債権は消滅するに至らなかったという結果を生じた場合にあっては、当該仮差押は、旧債権を被保全権利とするものとしてその効力が維持されるべきものであると解するのが、申請人の意思に適合するものであることからいって相当であるというべきである。のみならず、船木農協は、前記仮差押の申請において、被保全権利とした更改にかかる新債権に対する旧債権として本件貸金債権その他を各別に明示して、仮差押債務者にこれを了知させたのであるから、その申請を認容した決定にかかる仮差押が右に述べたように旧債権を被保全権利とするものとして効力を持続するものと解することにより、仮差押債務者に対しことさらな不利益を及ぼすものでないことは明らかである。

そして右仮差押は現になお存続中であるから、本件貸金債権についての消滅時効は、当該仮差押により中断され未だ完成するに至っていないものというべきである。

(二)仮りに右の時効中断事由が認められないで消滅時効が完成したとしても、被控訴人は、昭和四〇年五月頃本件貸金債権につき債務を承認した。その経緯は、以下のとおりである。

被控訴人は、当時千葉地方裁判所八日市場支部に係属していた控訴人と被控訴人ほか一名との間の同庁昭和三五年(ワ)第一〇〇号貸金請求事件に関する訴訟手続中に和解による紛争解決の気運が持上ったについて、控訴人の訴訟代理人であった訴外亡弁護士花坂四郎に対し係争中の本件貸金債権につき債務を承認し、これを前提として弁済の条件に関し折衝を続けることが右訴訟当事者間において了解されたのである。

してみると被控訴人は、本件貸金債権についての時効の利益を、右に述べた債務の承認により放棄したものというべきである。

四、被控訴代理人は、時効の中断及び時効の利益の放棄に関する控訴代理人主張の再抗弁に対し、左のとおり述べた。

(一)控訴代理人主張のように控訴人の申請により仮差押のなされたことは認める。しかしながら、右仮差押に関する被保全権利は、控訴代理人も自認するとおり本件貸金債権そのものではなく、これを含めた数口の債権にかかる更改契約に基づいて新たに成立した別個の債権であるから、右仮差押が更改前の旧債権である本件貸金債権についての消滅時効を中断しうるものでないことは、疑いの余地のないところである。

(二)控訴代理人主張の債務承認の事実は否認する。

五、証拠〈省略〉。

理由

一、〈証拠〉によると、船木農協(いずれも「定期償還金 借用証書」と題する甲第一、二号証の宛名は「船木村農業協同組合組合長小林茂右エ門」と記載されているが、弁論の全趣旨に徴すると、右船木村農業協同組合はその後名称を「船木農業協同組合」と変更したことが窺われる)が被控訴人に対して控訴人主張の三口の消費貸借契約に基づき本件貸金債権を有していたことが認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない(なお、本件貸金債権が更改によって消滅したことを認めうる証拠は存しない。)。

二、控訴人が昭和四〇年二月一日合併により船木農協の権利義務を承継したことは、当事者間に争いがないので、前記のとおり船木農協が被控訴人に対して有していた本件貸金債権は右合併に伴い控訴人に承継されたものというべきである。

三、そこで進んで本件貸金債権が控訴人の主張するように時効により消滅したかどうかについて考える。

(一)まず本件貸金債権の消滅時効の起算日について、被控訴人主張の日時のうち、(イ)弁済期を基準とするときには、(1)昭和二六年七月二〇日貸付の金七万円分については、同年一二月二〇日の弁済期から一〇年を経過した昭和三六年一二月二〇日限り、(2)昭和二七年六月三〇日貸付の金二七万円分については、昭和二八年三月二〇日の弁済期から前同一の期間を経過した昭和三八年三月二〇日限り、(3)昭和二七年一〇月一一日貸付の金三〇万円分については、同年一二月二五日の弁済期から前同一の期間を経過した昭和三七年一二月二五日限り、(ロ)昭和二七年一二月末日を基準とするときには三口全部につき昭和三七年一二月末日限り、それぞれ本件貸金債権の各口についての消滅時効期間が満了するものというべきである。

ところが船木農協において被控訴人その他を債務者として申請にかかる千葉地方裁判所八日市場支部昭和二九年(ヨ)第四二号不動産仮差押事件において同年七月七日附で申請を認容する仮差押決定のなされたことは、当事者間に争いがない。そして右仮差押の被保全権利が、その後船木農協から被控訴人をも相被告として提起された同支部昭和三〇年(ワ)第二号貸金請求訴訟で、本件貸金債権をも含む数口の債権の更改されたものとして主張された元本金一二七万円の債権であったことは、被控訴人の自陳するところである。

ところで、更改は、これに基づいて新債権を成立させることによって旧債権を消滅させる契約であるから、これによる新債権は旧債権とは別個のものであり、両者の間には同一性がないものというべきである。してみると更改にかかる新債権を被保全権利とした仮差押が旧債権についての強制執行を保全する効力を有しないことは、理の当然といわなければならない。このことは、当該仮差押の本案訴訟において、更改の成立に関する主張が認められないで、新債権に基づく請求が棄却された場合においても、異るところはないものと解すべきであるのみならず、成立に争いのない甲第四号証(控訴人主張の仮差押決定書)その他本件に顕われた全証拠をもってしても、前記昭和二九年七月七日附仮差押決定が本件貸金債権のための保全処分としての効力を生じたものとみられるべき事由は認められない。

さすれば本件貸金債権についての消滅時効が仮差押によって中断されたとする控訴人の主張は採用の限りではない。

(二)控訴人は、更に、被控訴人が昭和四〇年五月頃本件貸金債権につき債務を承認したことにより、被控訴人は本件貸金債権について既に完成した消滅時効の利益を放棄したと主張するけれども、当審における証人遠藤忠男の証言によっては右債務承認の事実を認めるには足りず、他に控訴人の右主張事実を認めうる証拠は存しない。

(三)してみると、本件貸金債権は、昭和四四年三月一四日午前一〇時の原審第一四回口頭弁論調書の記載によって明らかなとおり、当該口頭弁論期日において被控訴代理人が消滅時効を援用したことに基づき、時効によりその起算日に遡って消滅したものといわなければならない。

四、してみれば控訴人の本件請求は認容するに由ないものというべく、従って右と同様の理由によりこれを棄却した原判決は相当であるから、民事訴訟法第三八四条第一項により本件控訴を棄却すべきものとし、控訴費用の負担について同法第九五条、第八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 桑原正憲 裁判官 西岡悌次 青山達)

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